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【人的資本経営とSEE理論】経営戦略としての人材戦略

■NEW TREND  「人的資本経営」

2021年、経済産業省は「人的資本経営の実現に向けた検討会※1」を設置・開催し、今後の日本においての「人的資本経営」の社会実装を目的にさまざまな検討、調査など取り組みをはじめています。前年公開された「人材版伊藤レポート」を発端に、今後日本企業が取り組むべき課題を明確にし、具体的アクションを含め検討していくものです。人材戦略を経営戦略に位置付け、「人材」を「単なる労働資源」ではなく「価値を生み出す資本」の対象と捉えること、人事部は「管理部門」ではなく「価値創造部門」であるべきということ等があらためて、提言されています。それらのことは、以前よりひろく認識されてきたことです。しかしながら、ここであらためて日本政府としての課題に位置付けられ、「人的資本経営」というワードが市民権を有してきたということは、時代変化の顕われの一つであると思っています。

「人的資本」が、企業にとって重要であることの理解があらためて求められています。繰り返しますが、そのことは本質的には以前から何も変わりません。「人的資本」、「人的資源」の表現を問わず、本質的に「ひとの力」を大切に捉え、「ひとの成長」に投資してきた尊敬すべく偉大な経営者や聡明な企業は、昔から日本にも多く存在します。

違う点は、他の経営資本同様に「見える化(可視化)」することの意義が、社会的経済的環境を背景に明確にされた点であると、捉えています。

■ISO30414(アイエスオーサンゼロヨンイチヨン)と世界の動向

日本において人的資本の可視化が提唱される背景には、世界の動向があります。企業価値における人的資本の重要性への関心が、世界的に高まり続けています。米国においては、2017年には 機関投資家がSEC(米証券取引委員会)に対し、人的資本に関する情報開示の要求を始めました。それより先に、EUにおいては、2014年に EU非財務情報開示指令(NFRD)により、社会と従業員を含む情報開示が義務化されました(500人以上企業対象)。

そのようななか、2018年12月、ISO(国際標準化機構)が、人的資本に関する網羅的・体系的な情報開示のガイドラインとして「ISO30414※2」を公示しました。

米国において推進状況は進展しています。2020年には、SECが人的資本に関する情報開示をルール化、上場企業に対し義務化しました。さらに、「人材投資の開示に関する法律*」制定に向けて審議中です(2021年12月現在)。法案の内容は、米国証券取引所上場企業に対し、「従業員構成、多様性」、「従業員能力、スキル」、「従業員エンゲージメント」など8項目の開示を義務化するものです。法案が策定されない場合は、ISO30414が開示基準適用されると報告されています※3

日本では、2021年6月に、日本改訂版コーポレートガバナンスコードによる人的資本に関する開示が補充されました。「中核人材における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標」の開示や、「経営戦略・経営課題との整合性を意識した、人的資本投資等について」の開示などが追記されています。今現在、認証制度であり、開示義務化はされていません。しかしながら、人的資本情報開示に関わる状況は、今後日本でも速度早く変遷していくものと思われます。

「人材力は財務諸表には表れないが、重要である」と言われてきた状況が、「人的資本の可視化」という世界の潮流により、大きく変わりつつあります。

■人的資本と企業価値

企業の人材戦略を定性的、定量的に明示する人的資本情報の開示は、「ESG投資」との強い関連性を有しています。経営の持続可能性や企業価値を示すうえで、人的資本情報は重要な判断基準に位置付けられたということです。これまで「指標化」、「明示化」できていなかった「人的資本」の可視化により、それを可能にしました。

決して置き去りにしてはいけないことは、「人的資本」の本質的意義を理解し、「ひとへの適正な投資の重要性」を理解することだと思います。形骸化することなく、本質的な取り組みが求められます。

企業を取り巻く人々、そして社会への「人的資本とその在り方」の開示は、関与する人々すべてに影響します。「はたらく個人」にとっても、例外ではありません。企業の人的資本と経営戦略は、個人のキャリア形成に大きく影響を及ぼすからです。

個人においては、「自律的キャリア形成」を求められる昨今、有能な人材はますます成長し、能力を発揮できる場所を求めて流動化します。選ばれる人材であるために能力開発を続ける個人に、企業は「選ばれる組織」であり続けなければ「企業の持続可能性」は薄らぐかもしれません。

■戦略的人材戦略と「SEE理論」

組織の在り方や人材が、企業価値を生み育みます。組織構成、組織文化、そして人材の能力、エンゲージメント等指標が標準化され情報開示されるに至った昨今、企業の大小を問わず、いままさに自社の「人的資本」と対峙するときではないでしょうか。内外の現状を捉え、自社の現状を正確に受入れ、あるべき姿へ推進していく取り組みが求められます。

人的資本経営を推進するうえで有益な理論がSEE理論です。SEE理論とは、「活用効率」、「貢献度」、「能力開発」の3要素により構成される戦略的人材マネジメント理論です。3要素はそれぞれ従業員視点の「エンプロイー・エクスペリエンス」、「エンプロイー・エンゲージメント」、「セルフ・アクチュアリゼイション(自己実現)」に対応し、表裏一体で存在しています。経営戦略としての人材戦略を本質的且つ効率的に推進するために、開発提唱された理論です※4。自律する組織と個人が互いに尊重し合い、貢献し合い、共に成長する在り方の実現に向けて、提唱された理論です。SEE理論については、バックナンバー記事でも少しですが、触れています、よろしければご覧ください。【組織開発】経営戦略としての人材マネジメント

SEE理論を活用した戦略的人材マネジメントの取り組みがSEE理論法と定められ、3要素にそれぞれ評価項目・指標が設けられ、可視化を可能にしています(SEE理論3要素評価項目)。

広く周知されているとおり、日本では、会社への帰属意識、理念への共感、貢献意欲、満足度などを内包する概念である「エンプロイー・エンゲージメント」が格段に低いと報告されています※1,4。日本企業の課題の一つですが、そこだけを眺めていても決して解決できることではありません。組織の包括的な取り組みが必要なのです。3要素を「同時に」向上していく取り組みが求められます。なぜならば、3要素は深く相関し、貢献意欲、人材獲得、そして流出等に大きく影響するからです。

人が能力を発揮し、活き活きと働きながら組織へ貢献し、組織は発展し人のキャリア形成に貢献する、そのすがたを分析し示されたものがSEE理論です。また、SEE理論開発の背景には、ダイバーシティ経営推進の経緯※5があり、生産性向上、ダイバーシティ&インクルージョンと密接に関連しています。SEE理論3要素は、人の力を最大限に活用し、未来へ向けての価値創造へつなげる具体的取り組みに有益な視点であり、指標なのです。

■経営戦略としての人材戦略

組織開発ならびに人材開発には、独立した要素ではなく、いくつもの要素が重なり合って存在しています。私は、「管理」も人事を扱う部署の、大切な役割だと考えています。適切に管理できていなければ、価値創造は成しえません。

言い換えれば、「管理」を最終目的としないことが肝要なのです。適切な管理が機能するからこそ、人材能力が最大限発揮されます。企業には、「理念」や「存在意義」があります。理念・存在意義をベースに、事業目的を達成すべく価値創造を推進していくことが望まれます。

「人的資本経営」がますます重要性を増すいま、まずは自社の現状を真正面から捉えることが要です。ていねいに整理すれば、やるべきことが視えてきます。優先順位も明確になります。状況によっては、根気がいることかもしれません。しかしながらいま、それをやるときだと思います。本質的な取組みでなければ、長続きもしなければ、成果もでません。

あるべきすがたの実現に向けて、確実なる努力を重ねていく営みが、企業価値を生み出していくのだと考えています。

 

 

村上紀子

 

※1 経済産業書 人的資本の実現に向けた検討会 https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinteki_shihon/index.html

※2 ISO https://www.iso.org/home.html

日本規格協会グループ関連ページ https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=ISO+30414%3A2018

※3 経産省第4回 人的資本経営の実現に向けた検討会事務局説明資料令和3年10月(経済産業省月産業人材課)

※4 MURAKAMI, Noriko, Development of a Strategic Human Resource Utilization Method, “SEE Theoretical Methodology” Through Function Analysis(2021)

※5 MURAKAMI, Noriko, Methodology of Diversity Strategy and Management Through Function Analysis(2018)

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